2010年01月31日

RV(リモートビューイング)とは。

離れたところにある情報を読み取る
Remote Viewing(リモートビューイング)、
このRV能力は誰にでも備わっています。

その力は、鍛えれば鍛えるほど高まっていくもの。

Remote Viewing(リモートビューイング)について、松村潔先生著「みんなで! アカシックリーディング」よりご紹介いたします。
(松村潔先生から掲載の許可をいただいています。)

【RVとは?】510v4LUxvUL._SL500_AA240_.jpg
 ・・・アメリカで始まったリモートヴュイング(通称「RV」)は、遠隔を透視する技術です。ここでは0.3秒以内(注1)にイデオグラムというのを描き、この中にすべての情報が入っているとみなします。
 まず、通常の人のイメージや考え、連想などがこの透視の邪魔をしないように、透視のターゲットを番号で呼びます。番号で言われると、無機的過ぎて何も想像できないのです。また二重に封筒に入れて、質問者さえ中身がわからないようにします。封筒の表に書いてある番号を読んだ直後に、透視者であるビューワーはイデオグラムを書きます。あとは、イデオグラムをボールペンで触りながら、この受け取った情報を一つずつメモしていくのです。つまり情報は既に0.3秒以内に取り込んだはずであり、あとは、それをアクティベート(フォトリーディングでは、左脳へ情報化することを言います)するだけが残っているということです。

 この時に、質問者は老人で、「自分の甥がどこに行ったのか探して欲しい」などと言うと、もう「老人」や「甥」という言葉で、ビューワーの記憶の中で連想が始まり、自分の体験か記憶と結び付けてしまいます。老人に対してかわいそうと思ったりするかもしれません。自分の親戚の甥は素行が良くないので、きっとこの老人の甥も、素行が良くないことをしているに違いない。不良になって渋谷かどこかをうろついているかも、などと、勝手に想像してしまうのです。
 すると、確実に、透視は間違えてしまいます。事実は小説より奇なりと言いますが、だいたい自分が抱くイメージからはほど遠い、あっと驚くようなものであることも多いでしょう。それは想像するかぎり理解できないのです。

 このような真実の情報を隠蔽してしまうノイズとして働く連想をリモートヴュイングでは、「AOL」と呼びます。
 タロット占いなどでもカードを見て自由に連想して答えると、だいたいこれもAOL満載の回答になり当たりません。当たらないことをし過ぎるとむなしくなり、飽きてしまい、活力が枯渇し、いずれはやめてしまいます。「やっぱりタロット占いはあんまり面白くないよ」という話になってきます。
 タロット占いなどでも、熟練によって0.3秒内意識に匹敵するような「空白意識」を引き出すことが鍵になります。そのレベルで入ってきた印象が大切です。・・・
 ・・・こうしたAOLを回避するリーディングは実は占星術でも必要です。占星術でも惑星の意味とか、過去ではこのような組み合わせはこうだったなどという知識がたくさん蓄積されるのですが、それは本当のターゲットのリーディングに対するAOLに変わります。そうなると、たいてい予測は当たりません。しかし過去の事例に関しては、100%正確に説明できます。こういう結果になってしまいがちなのです。


 私もリモートヴュイングとかすると、正確な情報を見た時に、「自分には全く関係ない。なぜ、このような映像が今ここで唐突に出てきたのかわからない」というものが増えてきます。意味不明なイメージに苦し紛れに、何か既存の記憶を付け加えたりもします。
 超能力のことをよく講座している秋山眞人さんは、以前私の主催した研究会に来訪された時に、能力を開発すると言わずに能力を邪魔しているものを取り除くという言い方をしていました。
 私たちは自分が目覚める前の仮死状態の時に、すべてを見て、知っているのかもしれません。しかしその後、0.3秒後に起きてきた私、フォトリーディング式に言うと、一瞬では8ビットしか処理することのできない低速の左脳が目覚めて、それまでの情報を締め出してしまうのです。それは「自分の思いが大切である。だから自分に関係のないことは、ここでは役に立たないので、廃棄する」という姿勢です。 
例えばリモートヴュイングの現場では、出てきたイメージに名前とか既存のイメージを当てはめてはいけないと言います。曖昧な何かがある、その時に、それを記憶と結び付けて「これは駅だ」と言います。その段階で駅という記憶はその前の真実の情報をすり替えてしまい、結果的に不正確なものになっていくのです。
 この既存のものを加える誘惑にはなかなか勝てません。例えば、あるリモートヴュイング練習で壁にぶつかり、その先が行けない。そこに、丸いものがあり動物の顔がある。それは何だろう、アヒルのような、というようなイメージを見ました。実は、あるお店の正面に自分が立っていて、そのお店の建物はコンクリートなので、そこで壁に当たり奥に行けません。そこに丸い看板があり、この中に羊のレリーフがあった。しかし、私は「動物?」としばらく考え込んだ挙げ句に、アヒルを連想してしまったのです。羊とアヒルではかなり違います。全く関係ないので対応に困り、いろいろ頭の中でサーチして、自分の連想したイメージを付け加えてしまうのです。
 日常の生活では、最初の印象に対して解釈し、さらにそれを解釈するということを私たちは続けますが、これを逆に、最初の印象に戻す。それに対して決して解釈とかジャッジをしないという訓練は、実は禅の訓練法、あるいはグルジェフの自己想起という訓練と同じです。リモートヴュイングの練習のための方法はほとんどが全部古来からある瞑想法に似ていると言ってもよいでしょう。・・・

・・・既知のもので埋められ、新しい刺激など何一つない暮らしの中では、活力が枯渇し、私たちは追屈します。すると次第に生活は荒れてきます。さらに閉じ込められていると、自分がどこに居るのかという位置情報もわからなくなり、だんだんと暴力的にもなります。リモートヴュイングとかアカシックリーディングなどをすると、未知の新しいビジョンとともに、新しい活力がやってきて元気になってきます。そして閉じ込められていないという実感で、平和的になります。肉体に閉じ込められない、こう思うとすべてがのんびり平和的になっていきます。 
これも判定基準にするとよいかもしれません。思い込みのイメージを見ていると、元気になれない、次第に飽きてくる、むなしくなる、そしてあまり意味のないことだと思って、やがてやめてしまいます。ところが、真に何かはっきりとビジョンを見ると、新鮮な衝撃と活力がやってきます。もっと探求したくなるはずです。やはり家の窓を閉めないことが大切なのです。


*注@*【0.3秒内意識とは?】


 私たちが遠くのものを見えないようにさせている理由は、「今、ここ」ということに意識が集中し過ぎていて、自分の物思いの中に閉じ込もっているからです。 それでは、そのような物思いに支配されない状態を作り出すにはどうすればよいのでしょうか。
 ここで「0.3秒内意識」と名付けているものが登場します。
 これは人間の場合、考え、思い、感じるためには0.3秒かかるという働きのことを指しています。唐突な出来事や事故が起きそうな時には、これではどうみても対応できません。その時に自律神経とか反射神経が働きます。人間の思い、感じ、考える働きはその時に気絶していて、何の役にも立たないのです。・・・

 ・・・どういう状況であれ、人間の感情や思考は0.3秒しないと働かないのです。・・・ 反対に考えると、個人としての思いや考え、イマジネーションなどが働かない時にこそ、「個の外を見ることができる」のなら、0.3秒以内の意識的な意識としてはまだ仮死状態にある段階をうまく利用すれば、それは予知とか透視ができるということなのかもしれません。そして遅れて0.3秒を過ぎてしまうと、どんな印象に対してもその人は自分なりの考えを付け加え、思いに閉じ込められ、外界を見なくなり、外で起きたことに対しては正しくは関心を持たなくなるという汚染が始まると考えるのです。
 私はこの0.3秒内意識を「虫の意識」と呼んでいます。バッタの大群は障害物があると0.05秒で回避するそうです。そのためこのバッタを研究して、それを航空機とか乗りものの衝突回遊システムに応用しようという動きがあります。

 ・・・ロシア圏の神秘主義哲学者G.I.グルジェフは、人間は3層の生き物で、哺乳動物は2層、虫は1層と言いました。脳で言えば、新皮質の思考、旧皮質の感じる働き、そして古皮質の本能的な働きの三つを持っているのが人です。
 動物は、感情はあり感じることはできるが考えることができません。つまり人の持つ3層のうちの後者の二つだけということです。さらに虫は一番奥の脳で、プログラムされたものによって機械のように動くが感じることもしない、というような対応でしょうか。この虫の脳の真ん中に松果腺(注2)があるのです。

*注A*【松果腺とは?】

松果腺というのは、脳の中心にあるグリーンピースのような塊だと言われています。松果腺と脳下垂体とは、ラジオのアンテナと受信機のような関係にあり、これが肉体を超えた空間と時間を知ることのできる器官だと考えられています。もちろん医学上ではそのようなことは書かれていません。人類の松果腺は随分長い昔に退化したとすると、時間・空間を超えたものを見るということそのものを誰も認められないという話になってきます。結果的に、これはとても怪しい話に思えてきます。とはいえ、伝統的な宗教とか修行の分野では、こうした松果腺の働きに関しては、世界中ほとんど同一の見解で、それは視覚や触覚、嘆覚などの感覚的な手段を超越したところのものを知ることのできる働きであるということを全く疑っていないようです。


posted by くらがりcafe at 21:25| Comment(0) | RV(リモートビューイング)とは。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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